大きなドロップピアスを身に着けている女性

ピアスは古代から変わっていない?ピアスというジュエリーの歴史

今日の最新のファッショントレンドに遅れずにのっていくことは、刺激的でもあって少し手間もかかります。しかし、ピアスに関しては、そのファッショントレンドがほとんど変わっていないことを知って驚くかもしれません。


ミイラから発見されたピアスの痕跡

Ötzi:オッツィという名前の男性は、なんと5300年以上に氷に埋もれていたという(通称アイスマン)、これまでに発見された最古のミイラです。そして彼の耳には、幅約1 cmの穴が開いており、トンネルピアスをしていた可能性が非常に高いのです。このトンネルピアスは今の時代、アメリカの地元のスターバックスで働いているような、流行に敏感な人が身に着けていそうなものとあまり変わりがありません。

トンネルピアスを身に着けていたと言われる最古のミイラオッツイ

出典:en.wikipedia.org

トンネルピアスを身に着けている現代女性

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文明が明けて以来、ピアスは人間性、美徳、そして私たちが個々に自分自身を表現する方法として重要な側面となっているようです。
ここでは、ピアスの歴史と、ピアスを身につけることの文化的重要性が過去数千年間でどのように変化してきたのかを、簡単に見てみたいと思います。


象徴としてのジュエリー

耳のピアスは、最も古い形態の身体装飾の1つで、BC2000年からBC1600年までのミノア文明で流行していたフープピアスによって、その物理的証拠を見つけることができます。言及されているピアスの最も初期の書面による記録の1つは、キリスト教の聖書にあります。出エジプト記の話では、アーロンという名前の男がイスラエル人に「妻、息子、娘が身に着けている金のピアスを外し、私のところに持ってきなさい」と命じている場面があります。この物語の起源は紀元前538年から332年までのものと言われており、歴史上この時点にはピアスの着用がすでに社会に定着していることが明らかです。

フープピアスを身に着けている古代の女性

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人類最初にピアスを着用した正確な時期とその理由は決してわからないかもしれませんが、それがどのように発生したかを想像して推測するのは楽しいものです。大昔、石器時代の人々は貝殻、もみや他の装飾品で自分自身を飾るようになりました。衣服に関しては必然的に出てきましたが、ピアスは美的または象徴的な理由で最初に着用されました。古代では、身に着けているものはすべて、着用者にとってユニークな意味を持ちます。たとえば、今日でも多くの人々に愛用されているモチーフの、エジプトの「アンケクロス」は、生命と神の力を象徴しています。

アンケクロスピアスゴールド

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歴史は、古代の富と権力の主に握っていたのは男性と軍事征服者であったことを示しています。ペルシャの男性が富の象徴として銀のピアスを着用するという考古学的証拠がいくつかあります(紀元前550〜330年)。東側の歴史とほぼ同時に、シッダールタグアタマという名の賢者が裕福な家庭に生まれました。彼の力の象徴は、彼が身に着けていた多くのピアスをぶら下げた立派な耳たぶ耳朶環(じだかん)でした。彼は後に悟りを開き、彼のすべての物質的な所有物を取り去った後、仏教の創設者となります。今日、仏の多くの彫刻や絵画にこの大きく引き伸ばされた穴の開いている耳たぶが描かれているのは、富を拒絶しピアスをその耳から外したという自己犠牲の行為の象徴なのです。

ピアスを身に着けている仏陀

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古代エジプトの王族もピアスを身に着けていましたが、考古学者は主に子供たちが身に着けていたと示唆しています。古代の中東、ギリシャ、ローマでは、ピアスはほぼ女性の装飾品とみなされ、男性がそれらを身に着けることは明らかに東洋的であると考えられていました。ローマでは、女性はジュエリーをあつめ、複数のジュエリーを着用することがよくありました。それは夫の富とは無関係に自分の財産と見なされ、ジュエリーを購入、売却、または物々交換する権利を持っていたため、女性にとって特に重要でした。


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流行遅れとなった中世~20世紀初頭

しかし中世を通して、ピアスを身に着けることは流行遅れとなりました。中世後期に西ヨーロッパの絵画にピアスが登場する場合、それらを身に着けている個人が規範から外れている、エキゾチック、もしくは東洋、アフリカに属している者であることを示しています。 16世紀、ヨーロッパの船乗りは、世界中を航海したり、赤道を横切ったりしたシンボルとして金のピアスを身に着けていました。難破船の生存者は左の耳たぶにピアスを着用していました。また運悪く死体が岸へと流されてしまったとき、ピアスは埋葬の代金を支払うための生命保険としても使用されました。

ピアスを身に着けている海賊

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ルネサンス時代の女性からは、さまざまな形の大きな真珠の着用が非常に好まれました。パールをはじめとする石の治療特性に関する一般的な信念は16世紀に定着しました。真珠はストレスや心臓病を取り除くと信じられており、赤珊瑚は痛みや心痛を和らげ、元気を取り戻す効果を期待し使用されていました。トパーズは精神疾患を治し、愛の成就としても使用されました。
ヨーロッパ人の間で、ピアスの人気は次の300年間を通じて浮き沈みしました。 19世紀には、耳を覆う大きなボンネットのファッションスタイルと、ビクトリア朝のモラル(ビクトリアニズム)が人気の低下へとつながったのです。 その理由で20世紀初頭、耳に穴を開けることは不適切だと考えられていました。

ビクトリア朝ドレスを着た女性たち

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ヒッピーたちの間で再熱し始めるピアス

1950年代後半までに再び登場し始め、「ピアスパーティー」をする10代の少女たちが世界の西部知られるようになりました。 1960年代後半、耳のピアスがヒッピーやゲイのコミュニティに登場し始めました。伝統的に、右側のピアスは、LGBTの「文化とコード」の一部として同性愛者である男性を特定し、コミュニティに対して自分自身を密かに表現していました。左側のピアスは、ストレート(LGBTでない者)として広く受け入れられています。
映画、「Grease」(1978)は、ピアスの着用がタブーとされてきたものを、「いけてる女の子がするもの」という視点へと変化するように働きかけたと言えます。耳たぶのピアス穴の拡張は、何千年もの間先住民の文化の中で一般的でしたが、1990年代にわたしたちの中にも出現し始めたのです。


日本で確認されている最古のピアス

日本においてはそれよりも早くBC6500年頃の縄文時代早期からピアス(土製の耳飾り)が着用されていたと言われています。しかし、飛鳥時代を最後に、明治時代まで日本本土ではピアスは姿を消してしまいました。身分による衣服の違いが明確化したため、ピアスなどの装飾品で身分を示す必要性が無くなった、あるいは「身体髪皮膚之を父母に受く。敢て毀傷せざるは、孝の始めなり。」という儒教の孝経の影響だともいわれています。

土製のピアスを身に着けている縄文時代の女性

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戦後 - ピアスが本格的に浸透

それ以来ピアスが主流となってきたのは戦後。そして1946年に外国人向けの宝飾店としてオープンした「スタージュエリー」が、日本で初めてピアスを本格的に取り扱っているお店として知られるようになりました。バブル景気が始まった1986年からは豪華なピアスがたくさん売られるようになりました。今の時代ZARAでよく見かけるような大振りで派手なピアスが流行ったようです。その見た目のわりに、金の割合も少なく安価であったことから女性の間で大人気となりました。

バブル期流行の大ぶりピアスを身に着けている女性

出典:mainichi.jp


近年では、ファー素材やラインストーン、レジン、アクリル、ステンレスなど非常に多くの素材でピアスを気軽に楽しめるようになりました。バブル景気時代にくらべると、日本ではより繊細で控えめなモチーフのピアスも好まれるようになりました。
流行は繰り返すといわれますが、ピアスのトレンドも、その用途や素材を変えながら何度も登場してきているんですね。今から1000年後には一体、ピアスはどんな変化を遂げているのでしょうか。